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緊縛徒然 その3 続「M女讃!・・・・M女のここが好き」


5.恥じらう気持ちが、好き
M女は、恥じらいを発生させるサーキットを既に持っています。そのサーキットを探り当て、電流を流してやるのが私のなすべきことです。羞恥心を掻き立てるために全裸にする。それでもM女は縄の刺激で上り詰め逝ってしまう場合があるので、さらに恥ずかしい姿態をとらせたり、肌への刺激を与えて覚醒させます。緊縛は二人のコラボレーションです。M女は独りで逝くのではなく、恥じらう気持ちで覚醒しながら一緒に逝こうとしてくれるのです。
 
6.痛みと仲良くなれるのが、好き
鞭はいつでも痛いし、蝋涙を垂らされれば熱い、決して簡単に馴れるものではありません。
しかし、個人差はありますがM女はそうした苦痛と仲良くなってしまうことがあります。 私のためか、自分のためかはさておき、M女は痛みと向き合っている自分に気づきます。そして繰り返すうちに、脳内麻薬のエンドルフィンが分泌されて、痛みと仲良くなってしまうのです。そうなると私はさらに細心の注意を払い、あなたを護らなければなりません。
 
7.ナルシストであるのが、好き
縛られた自分の姿に酔い痴れる、あるいは自分は醜いと顔を背ける。どちらもナルシズムのなせる業です。M女はナルシズムの楽園に足を踏み入れることによって、私の呪縛から解き放たれ、緊縛されているにも拘わらず、無限の自由を手に入れるのです。ある意味で、自ら緊縛され自由を放棄することは自己否定の一つのかたちであり、自己否定をするからこそ見えてくる世界があり、自ら感じられる美と、醸し出される美があると思います。
 
8.美しいのが、好き
白い肌に縄だけを纏ったM女ほど美しい存在は他にあるでしょうか
それは私が気持ちを縄に託してあなたを抱擁しているから。
そしてその美しさを独占するために緊縛するのです。
 
さあ、パートナーを見つけて緊縛しましょう。
 
おわり
 
 
 
 

キュレーター紹介

SMという言葉は好きではないが、この界隈には長く住んでいます。 「ドク」は医者ではなくPhDのことで、20年以上前から界隈ではそう呼ばれてきました。緊縛の刷り込みは幼少の頃、喜多玲子の挿絵に心をときめかせたことにあります。界隈から一生自由になれませんが、真のエクスタシーはその中にあることも分かっています。パートナーとはそれぞれ長いです。そして今は、皆さんと共に喜多道場でエロース(愛)の芸術を追求していきます。

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