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縛り屋 結二(第一話その三)の投稿

テレビドラマ用脚本

 

題 名  縛り屋 結二

       作 加藤(じょう)() 

 

 

 

第一話「どうせ縛られる人生(その三)」

 

前号までのあらすじ

縄手結二(なわてゆうじ)は、中堅繊維メーカーの MS紡績の社員だったが、一方で、縛り屋という裏の顔を持っていた。 MS紡績に、富士見物産から次世代繊維のハムラー繊維提携の仕事を持ちかけられたが、それは詐欺集団のフューチャー商事の罠だった。 MS紡績社長の太刀川は、私生活で問題を抱えていたこともあって、その契約を強引に進めてしまったが、社員の三谷と結二の尽力によって、未然にフューチャー商事の企みを阻止することができた。しかし、富士見物産に生じた損害分を MS紡績に押し付けられる事態に陥り、社長の太刀川は立場を失っていた。

 

(シーン13

 混雑した駅のホーム。放心状態の太刀川が歩いていた。時折流れる構内放送も太刀川の耳には入っていなかった。太刀川のすぐ横を列車が通り過ぎていくが、それすらも見えていないようだ。「白線の内側を歩いてください」というマイクを通した駅員の注意も自分のこととは思わなかった。今日、太刀川の周りで起きたことが、まるで走馬灯のように脳裏をよぎっていた。

 

~太刀川の回想~

 とある幼稚園の前。太刀川が、幼稚園の柵の外から園庭で遊ぶ児童を見つめている。そこには、太刀川の娘の真美が遊んでいた。見つからないように木陰から見つめていたが、やがて真美のところに一人の女性が視界の中に入ってきた。

女性「真美ちゃん、お待たせ。迎えに来たわよ」

 真美はその声に振り返ると、満面の笑顔で「ママ~!」と言ってその女性に抱きついた。この親子はそのまま手を取り合って園庭を後にした。太刀川はその後ろ姿をまるで鬼のような形相で見つめていた。

 

~現実に戻る、駅のホームで~

 太刀川は駅のホームの白線の上を歩いていた。太刀川が線路の方に視線を移動すると、線路の闇の中に真美の姿が見えた。無性に真美に会いたかった。真美の方に手を伸ばした太刀川は、そのまま闇の中に引きずり込まれていった。しかし、なぜか太刀川の身体は途中で止まった。どうやら誰かが自分の腕を掴んでいるようだった。振り返ると、太刀川の視界に結二の顔が映った。その顔が次第にブラックアウトし、そのまま太刀川の記憶が途絶えた。

 

(シーン14

 あやの店の二階にある道場。太刀川が畳の上に横たわっていた。その両腕は後ろ手に赤い縄で縛られ、身体の自由は奪われていた。朦朧(もうろう)とした意識の中で首を起こすと、赤い派手な半纏を着た若い男が一人足元にいて、太刀川の足を縛り上げようとしていた。目を凝らしてよく見ると、その男はあやの見覚えのある社員の結二だった。

太刀川「・・縄手君?」

 太刀川は結二に問いかけたが、結二はそれには応えずに、縛りの所作を淡々と続けている。

太刀川「ここはどこ?・・・」

 そう言いながら、身動きもままならぬ太刀川は、首を起こして部屋の中を見渡した。異様な部屋の雰囲気と縛られた自分の状況から、ただならぬものを感じた太刀川は声を荒げ始めた。

太刀川「やめて!縄手君。いったい何をしようというの?」

 それでも結二は手の動きを止めない。

太刀川「この変態!やめてと言ってるでしょ」

 結二は太刀川の怒声が聞こえていないかのように無視して、太刀川の腕を締めあげている縄の端を力を込めてぐいと引いた。縄目が太刀川の腕や胴体を締めあげた。だが、縄目が肉に喰い込むほどに締めつけられているのにもかかわらず、決して痛くは感じなかった。むしろ心地よさすら感じられた。結二が締め上げるほどに、太刀川の身体から次第に力が抜けていった。

結二「これで落ち着いたはずです。縄目が心のツボにかかっています。力を抜いてなされるままにしていてください。心配はいりません。これから拭うに拭えない心の中に溜まった膿を、縄を縛ることによって身体から縛り出していきます」

 結二は太刀川の両足を赤い縄で結び上げていった。複雑に結びあげられた様はきれいに縄目が整い、むしろ美しくすら感じられた。太刀川は両手両足の自由を奪われたまま畳の上に横に寝かされた。そんな恰好なのに、不思議と心は、次第に安心感と満足感に満たされていった。ずっとこのままにしていたいとすら思えてきた。結二は太刀川の足の指先を見つめていたが、その指先が徐々に開いてきたことを確認すると、太刀川を縛りつけている縄に別の縄を結び始めた。どこをどう結んでいるのか太刀川には全く理解できなかったが、やがて結二は縄の端を天井や鴨居にしつらえられた金具に通し始め、縄をぐいと手繰り寄せた。すると、それに伴って太刀川の身体が浮いた。少しずつ少しずつ身体が浮きはじめ、やがて部屋の中央で完全に宙づりになった。吊るされることによって、余計に縄が身体に食い込んでくる。それがさらに心地よさに拍車をかけてきた。結二の言った「心のツボ」に縄がきめられているからだろうか。その状態のままどれだけ時間が経っただろうか。やがて太刀川の脳裏に真美の顔が浮かんできた。太刀川は笑みを浮かべたが、不思議なことに真美の顔の横に前夫の長谷川が現れてきた。真美と長谷川は笑っていた。今まで、長谷川のことなど思い出すことすら拒絶してきた太刀川だったが、この宙づりの状態では、長谷川との楽しかった思い出が思い出されてきた。やがて太刀川の目に涙があふれ、涙が畳にシミを作っていった。

太刀川「ごめんなさい。ごめんなさい。・・・私が悪かったの」

 涙とともに、前夫の長谷川に自分が今までしてきたことの後悔の思いを口にした。まるで涙が心の澱(おり)を流し出すかのように、太刀川の心は次第に軽くなっていった。

 

 ~一時間後~

太刀川は結二に寄り添って身をあずけていた。すでに縄は解かれ、太刀川の腕には縄目の痕がくっきりとついていた。太刀川は、その痕をいとおしいといった表情でさすっていた。

太刀川「一体私に何をしたの?」

結二「縛りの技です。世間ではいかがわしいものと思われていますが、縄手流の縛りはそんな目的で縛るものではありません」

太刀川「口ではうまく言えないけど、とても心地よかった。まるで身も心もきれいに浄化されたようだわ」

結二「とても疲れておいででしたので、今日は縄手流の奥義である卍縛り(まんじしばり)を使いました。これでもう早まったことなどはなされないはずです」

 太刀川は、結二の胸に顔をうずめた。

太刀川「あなたは一体何者なの?」

結二「縄士(なわし)です。縄手流の唯一の伝承者でもあります」 

太刀川「そうなの。知らなかったわ。・・でも会社では秘密なんでしょう」

結二「ええ」

 太刀川は結二の胸から顔を上げた。

太刀川「大丈夫よ。黙っていてあげるわ。でも条件があるわ」

結二「何でしょう?」

太刀川「またここに来てもいいかしら」

結二「私の縄を必要とする方なら誰でも来ていただいてかまいません。ただし、次回はお代をいただきます」

太刀川「今回の分も含めてちゃんと支払うわ」

 笑顔でそう語りかけた太刀川は、再び結二の胸の中に顔をうずめた。

 

(シーン15

 須藤の行きつけのバーの中。須藤がたった一人でカウンターに向かい、ロックのウィスキーを飲んでいた。

マスター「須藤さん、今日はペースが速いですね」

須藤「ああ、今宵は飲みたい気分だ」

 

~須藤の回想①~

 ㈱富士見物産の会議室。須藤は社長以下の重役にハムラー繊維にかかる顛末を説明していた。

須藤「・・・以上です。」

社長「そうか。つまり、損害を全てMS紡績に押し付けるということか・・・」

 社長は眺めていたメモを机の上にポンと投げると、気の進まないという顔で天井を仰いだ。

須藤「これはビジネスです。契約条項に則って粛々と進めているだけのことです」

社長「MS紡績とはどれくらいの付き合いがあるか知っているか?」

須藤は少し考える素振りを見せたが、すぐに

須藤「私が入社する以前とは承知していますが、具体的な年数までは存じません」と応えた。

社長「創業者の頃からだからもう五十年以上にもなる。そう言えば創業者の口癖があったなあ。須藤、覚えているか?」

須藤「・・いえ、私はあまりお会いしたことがございませんので」

社長「仕事で大事なのは、その仕事で何が残せたかということだと言っておられた。この歳になるとその言葉の重みがよく分かる」

須藤は社長の次の言葉を待った。

社長「なあ、須藤。こんな仕事のやり方をしていて何か残るのか?気が付いたら、歩いた跡にはペンペン草しか生えていないということにはならないのだろうか?」

須藤「それでは社長は私のやり方には御不満ということでしょうか?」

社長「いや、気が進まないと言っているだけだ。企業である以上損害を出すわけにもいかぬ。・・まあ好きにしてくれ」

 須藤は煮え切らない社長の態度に、まるで腹の中に言いようのない重いものが詰まったような感覚を感じ、しばしうつむいていた。

 

・・バーのカウンターでは須藤がグラスを傾けていた。

須藤「マスター、この仕事していて何か残ったものがあるかい?」

マスター「そうですねえ、・・借金ですかねえ」

須藤「いや、そうじゃない。仕事の成果というか、人生の行き着く先に何が残ったかということさ」

マスター「やはり人との関わりですかね。馴染みのお客さんは宝ですねえ。こればかりはお金では買えません」

須藤「人とのかかわり・・か」

 須藤は虚空に視線を漂わせていた。

 

 ~須藤の回想②~

 十一年前・・・。

 都内大田区のとある町工場の中。外は激しく雨が降っていた。

工場主「須藤さん、お願いですよ。何とか助けてくださいよ」

須藤「助けるだと、何のことだ?」

工場主「須藤さんも人が悪い。洗濯機の部品のことですよ。助けてくれるって言ってたじゃないですか?」

須藤「そんなことをいつ言った。オズマ電気で新型のドラム式洗濯機が出るから、そのモーターの部品の製造は将来性があるという情報を流しただけだ。その情報をどう活用するかはそちらの問題だろう」

工場主「富士見物産の後ろ盾があるからということで、こっちは全財産これにかけてきたんですよ。それがオズマ電気の技術的問題で計画がご和算になったって言われても困りますよ。須藤さんの力で何とかなりませんか?」

須藤「部長代理にすぎないこの俺に何ができるというんだ。いいか、投資というものはリスクを覚悟でやるもんだ。それはそちらの見通しが甘かっただけのことだろう」

工場主「冗談じゃない。須藤さんが絶対に大丈夫だと言うから信じたんですよ。その同義的責任はないんですか?」

須藤「それがビジネスというもんだ。なんなら裁判にでも訴えてもらってもいいぞ。裁判所が取りあってくれればの話だがな」

 須藤はそうれだけ言い残すと雨の中に消えていった。

 

 再びバーの中。須藤が杯を重ねていたところに、ドアが開いて別の客が入ってきた。夜なのにつばの広い帽子をかぶった男は、カウンターに座る須藤の横の席に座った。男は、マスターに炭酸水だけを頼んだ。すぐに出された氷入りの炭酸水を男が口に含むと、帽子のツバの下から顔がのぞき、男の目と須藤の目とが合った。

須藤「お前は!・・MS紡績の・・」

結二「縄手です」

須藤は鼻であしらうように目をそむけると、ウィスキーを一気に飲み干した。

須藤「なんだ。説教でもたれにきたのか?」

結二「そうです」

 結二は、はっきりそう言いきると、須藤を睨んだ。

結二「太刀川社長は地下鉄に身を投げました」

須藤「なんだと!?」

 須藤は椅子から立ち上がった。

須藤「大丈夫だったのか?」

結二「私が止めました。一歩間違えば取り返しのつかいないことになっていたところです」

須藤はふうと息を吐くと、椅子に崩れるように座り込んだ。

結二「あなたはいったい何のために生きているのです?」

 結二はまっすぐに須藤の瞳を見つめて問い詰めた。

須藤「何のためにだとお?そんなのは会社のために決まっているだろう。お前はそのために働いてはいないのか?」

結二「会社あくまで手段です。目的ではありません。人は皆何かを背負って生きています。その重みを少しでも軽くするために寄り合っているのが会社であり社会です。それなのに自分の荷を他人に預けようとするあなたの生き方を俺は許さない」

 結二は、須藤に身を寄せると脇腹に当て身を当てた。そこがツボだったのか、須藤は気を失った。結二は二人分の呑み代をカウンターの上に置くと、須藤を抱えて店を後にした。

 

(シーン16

 とあるシティホテルの一室。ベッドの上に須藤が横たわっている。須藤の両手は後ろ手に固定され、両脚も縄で自由がきかないように結わえられていた。

須藤「・・・ここはどこだ?・・」

 須藤はやっと気が付いた。そして、やがて自らの置かれた状況を理解し始めた。

須藤「おい、おまえ。いったい俺に何をするつもりだ?」

結二「あなたの心の中に巣食った枷(かせ)をはずしていきます」

須藤「枷だとお?何を分からないことを言っている。この縄を外せ。俺はこんな変態プレイは趣味じゃないぞ!」

 結二は須藤の言葉には耳も貸さず、淡々と縛りの技を繰り出していった。複雑に結わえられた須藤の体に、結二の縄目がぐいぐいと食い込んでいった。最初は痛みが感じられた須藤だったが、やがて縄が締まるごとに、かつて自分が仕事で踏み台にした人物の顔が次々と浮かび、彼らにしたことに対する後悔の念と、彼らに対する謝罪の気持ちが湧き起こっていった。結二が縄の端をぐいと引くと、それに伴って須藤の身体が宙に浮き始めた。身が浮くにつれ、心の中に溜まった澱(おり)も少しずつ流れ出し、次第に心の中が真っ白になっていくように須藤は感じていた。

結二「これは『吊るし地蔵』という縛りです」

 須藤はうつろな目で結二に視線を向けた。

結二「今までの業を悔い改めることによって心が軽くなります。ですが、この縛りは人の俗っぽさを祓い清めるものなので、その度が過ぎると、終(しま)いには隠棲者のようになってしまい、俗世間では生きてはいけなくなることがあります」

 須藤は無表情にその言葉に耳を傾けていたが、やがてその目から大粒の涙があふれていった。

 

(シーン17

 MS紡績の会長室。社内の営業部の主だった者が呼ばれていた。

会長「先ほど富士見物産から連絡があった。フューチャー商事の件は全て先方が処理してくれるそうだ」

 一同は信じられないという顔で顔を見合って、歓声を上げた。

会長「山田、よくやった。皆もよくやってくれた」

山田「会長ありがとうございます。私は何もできませんでしたが、社員の皆の頑張りのおかげだと思います」

三谷「ですが、よくあの富士見物産が折れてくれましたね」

会長「須藤さんの進言によるものだそうだ」

三谷「須藤部長が!とても信じられません」

会長「須藤さんは、全ては自分の責任だからと言って会社を辞められたそうだ」

 その場に言葉にならないどよめきが上がった。

会長「富士見物産としてみれば、担当部長が損害の引責辞任をする以上、それ以上会社の恥をさらしたくないということのようだ」

 その場に居合わせた者は、ただ黙って会長の言葉を噛みしめていた。

 

(シーン18

GLIMDYの二階の結二の道場。

 結二は縄の手入れをしていた。縄目の撚(よ)りを丹念に眺め、手入れの必要な個所には撚りを戻していた。

あや「結二、何かあったの?」

結二「どうしてそんなことを聞く?」

あや「結二は何かあった時はいつもそんな表情をするから」

結二は、縄から手を離した。

結二「昨夜、縛りの禁じ手を使ってしまった。師匠からは絶対に使うなときつく言われていたのに」

あや「そうだったの。でも結二はだれかを救うためにその縄をかけたんでしょう。結二の縄ならば、その人もきっと救われているはずよ」

 結二は、そんな風に心の隙間を埋めてくれるあやの顔を見つめると、そっと微笑んでいた。

 

完 (第二話に続く)

 

(エンディングナレーション)

「縛り屋、彼は天に代わりて人の心にかかる雲を祓う。その手に握られた縄に込められた思いを誰も知ることはない。今宵、結二はいったい何を縛るのか?」

縄士のいでたちである赤い半纏(はんてん)姿の結二の後ろ姿が映し出され、結二はゆっくりと画面の奥に向かって歩いてゆく。

~バックにエンディングテーマ曲が流れる~♪~

 

(テロップ)

 「本番組の内容は全てフィクションです。実在する個人や団体とは一切関係ありません。本番組内で登場する縛りの技法は、専門家の指導のもとに実施したものです。危険ですから絶対に真似をしないでください。」

「縛り指導 喜多征一

キュレーター紹介

謎の作家。詳細不明。

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