その他

縛り屋 結二(第二話)の投稿

テレビドラマ用脚本

 

題 名 縛り屋 結二

 加藤(じょう)() 

 

 

第二話 白衣の(たま)縛り(その一)

 

(シーン1)

 ブティックGLIMDYの二階の縛り道場の中。結二は使い終わった赤い麻縄を七輪(しちりん)の火で丹念に炙っていた。それを脇から美樹が興味深そうに眺めていた。

美樹「いったい何をしているの?」

 結二は作業を続けながら、無表情で、

結二「女の情念を燃やしているんだ」

 と答えた。

美樹「情念・・・?」

 美樹は息を呑んだ。結二は軽く笑って、

結二「いや、そんな大げさなものじゃない。一回でも使った縄は消毒する必要があるのさ」

 と先ほどの自分の言葉を否定した。結二の言葉で表情が和らいだ美樹は、いたずらっぽい笑みを浮かべて結二にすり寄った。

美樹「ねえ、お願いがあるんだけど」

結二「何だ?」

 結二は縄を炙りながら面倒くさそうに応えた。

美樹「私を縛ってくれない」

 結二は何を言い出すんだという顔で美樹を見つめると、すぐに首を振った

結二「だめだ。それはできない・・・」

 と応えた。

美樹「どうして?お金をもらって誰でも縛っているじゃない。お金を払えばいいの?それだったら払うわよ」

結二「金の話じゃない。今の君は縛りを必要としていないからだ」

美樹「どういうこと?」

結二「縄手流の縛りは人を助けるためにかけるものだ。助けを必要としていない今の君を縛ることはない」

美樹「私だって必要としているわよ」

 口をとがらせてムキになる美樹に対して、結二は美樹を正面から見据えた。

結二「美樹が本当に必要になった時は、言われなくとも縛ることになるだろう。だから興味本位にそういうことを言わないでくれ」

 結二から真顔でそういわれると返答ができずに、美樹は黙って口をとがらせていた。

 

(シーン2)

 東山大学病院の病室。心臓病で入院している小学三年生の男児、秋山淳司君の個室だった。淳司が一人で本を読んでいるところに、担当医である白井澄香(しらいすみか)が部屋に入ってきた。淳司の顔色は青白かった。

白井「淳司君、具合はどう?」

 白井は病室ではできるだけ明るくふるまった。インターンの頃はそれがわざとらしかった白井だったが、さすがに今ではすっかり板についていた。白井はまだ34歳だったが、心臓手術のチーフという重責を任されていた。女医らしく知性があふれた顔立ちで、落ち着いた雰囲気を漂わせていたが、それでいてはっとするほどの美形でもあった。

淳司「先生、今日は朝からとても気分がいいんだ」

白井「そう、良かったわね」

 白井は淳二司の様子をうかがううちに、淳司が読んでいる本に目を止めた。最初はマンガでも読んでいるのかと思ったが、どうやら理科の、それも生物の参考書のようだった。図解が中心の小学生向きの平易な内容のようではあったが、それでも小学生が気晴らしに読むような本ではなかった。

白井「あら、難しい本を読んでいるわね」

淳司「先生、僕は大きくなったらお医者さんになりたいんだ」

白井「まあ、そうなの」

 白井の顔が輝いた。

淳司「先生、僕、医者になれるよね」

白井「もちろんよ。私が応援するわ。私にだってなれたんだから、絶対になれるわよ」

 そこで淳司は急に真顔になった。

淳司「僕は心臓が悪いでしょ。小さい頃から友達と遊ぶこともできなくてすごく寂しかったんだ。だから、僕と同じような子供がいたら治してあげたいんだ」

 淳司はそこまで言うと、ぐっと唇を噛んだ。

白井「あら、立派な志ね。私なんてなんとなく医者になったから、恥ずかしいかぎりだわ。淳司君ならきっといい医者になれるわ」

 白井からそう言われても淳司の顔は悲しそうだった。

淳司「でも生きていなければお医者さんになれないでしょう」

 その言葉に白井ははっとして、すぐには返答ができなかった。何かを言おうとしているところに、淳司は語りかけてきた。

淳司「今度の手術を受ければ治るんでしょ」

白井「ええ、もちろんよ。絶対に治るわ。だからがんばるのよ」

 白井は思いきりの笑顔で答えていた。

淳司「先生が手術してくれるんでしょ?」

白井「そうよ」

淳司「これを持っててくれる」

 淳司は枕の下から白い紙で包まれたものを取り出して、白井に差し出した。

白井「何かしら?」

 白井が手に取って紙を開くと、それは神社のお守りだった。お守り袋には心願成就と刺繍がなされ、裏には花宮神社と記されていた。

淳司「ここの神社はよく効くんだと友達が言っていたんだ」

 病気快癒か健康祈願ではなく、心願成就だったことが白井には意外だった。

白井「あら、私の願いが叶うのね。だったら手術は成功よ」

淳司「お母さんは僕のために他のお守りを買ってきてくれたんだけど、先生にあげたいからって言ったら、これを買ってきてくれたんだ」

その言葉に白井の胸がつまった。白井はやっと

白井「医者が患者さんに励まされるようじゃ失格ね。ありがとう。私が大切に預かっておくわ」

と言い終えると、お守りを胸のポケットに大切にしまいこみ、淳司にそっと微笑みかけた。淳司はこれ以上ないというような笑顔で応えていた、

 

(シーン3)

 東山大学病院の副院長室。副院長の伊地原敬三が椅子に深々と腰を下ろしていた。やや長めのオールバックの髪とあご髭には白いものが目立っていた。しまりのない脂肪太りの身体のためか、座っている椅子が小さく見えた。その時、ドアがノックされる音がして、外で「白井です」という声がした。

伊地原「入りたまえ」

 その声に誘われて、白井が部屋に入ってきた。

白井「何かご用でしたでしょうか?」

伊地原「ああ、秋山君の手術のことで話したかったんだ。まあ、座りたまえ」

 白井はうながされるままにソファに座り、伊地原もソファに移動して白井と向かい合う形で座った。

伊地原「今度の手術は、当病院の存続をかけて開発を進めているAI(人工知能)オペ技術による初めての手術だ。よろしく頼んだよ」

白井「もちろんです。絶対に成功させます」  

伊地原「それは頼もしいかぎりだ。だが心配はいらぬ。人工知能のDr.ノアの指示にさえ従っていれさえすれば間違いはない。なにしろ世界中の1万例を超える心臓手術の記録をすべてDr.ノアは学習している。生身の人間じゃ一生かかったって経験できるはずのないデータだ。そのデータを反映したオペだ。成功が約束されたオペであり、この技術の将来性はまさにそこにあると言える」

白井「おっしゃるとおりです」

伊地原「ただ残念なことに、執刀をAIに任せるほどにはまだ技術が伴っていない。いずれはそれもAIがしてくれることになるとは思うが、それまでは君のようなオペのエキスパートが必要なのだ」

白井は黙って机の上を見つめていた。

伊地原「うん?・・どうかしたのか?」

白井「いえ・・手術の前はいつも緊張しますので」

伊地原「なんだ。自信がないのか?」

白井「いえ、そんなことはありません。・・ありませんが、心臓という臓器は見た目以上に奥が深くてとらえどころがないのです」

伊地原「それは経験の無さによるものだ。君はまだ若いが、その若さをDr.ノアが補ってくれる。大船に乗ったつもりでいたまえ」

白井「心臓は他の臓器と違って、自発的に動いています。いわば生命の基本です。それは生身の人間そのものなので、似ているように見えて全ての心臓は個性を持っています。いくら症例を集めても、唯一の存在である心臓のことが全てとらえきれるものなのか不安を感じることがあります」

伊地原「それは、まるでわしの技術にケチをつけているようにも聞こえるが」

 伊地原は身を乗り出して白井の瞳を睨んできた。白井ははっと我に返り、首を振った。

白井「いえ、大丈夫です。私の気の弱さのため、いらぬことを申しました。全力を尽くしますので、安心していてください」

伊地原「やっと君らしくなったな。君なら絶対やってくれると信じてるよ」

 白井は挨拶をして部屋を出て行ったが、部屋を出ていく白井の後ろ姿を、伊地原は険しい表情で見送っていた。

 

(シーン4)

 MS紡績の廊下。営業課長の三谷が段ボール箱を荷台に乗せて小走りに運んでいた。廊下を曲がったところで、三谷は結二とでくわした。

結二「おっ、勝(まさる)。ずいぶんと慌ててるな」

三谷「ああ、至急の注文だから急いでいるんだ」

 結二は段ボールの品番号を目にした。

結二「手術用の糸だな」

三谷「ああ、東山大学病院からの注文だ。手術用の糸は種類が多いから、細かい注文が多いし、オペに合わせて急ぎの注文ばかりだ。あまりおいしい仕事じゃないよ」

ちょうどその時、社長の太刀川が二人の横を通りかかった。それに気付いた二人は軽く会釈した。その際に、太刀川は意味深げな笑みを、三谷には分からないようにして結二に投げかけた。結二は一瞬だけ困った表情を浮かべたが、すぐに笑顔で返していた。そのまま通りすぎていった太刀川の後ろ姿を、二人は見送っていた。

三谷「社長は最近明るいね」

 と呟く三谷の言葉に、結二は、

結二「何かいいことでもあったんだろう」

 と軽く受け流していた。

三谷「そうだな。やはり、社長には明るくしていてもらわないとな」

 と言い残すと、三谷は再び急いで台車を押し始めた。

 

(シーン5)

花宮神社の境内。本殿の前で手を合わせていた白井医師は、落ち着いたクリーム色の無地のワンピースに身を包み、長い髪を後ろで束ねていた。参拝の終わった白井は、ふと本殿脇に置かれたお守りを目に止めた。それは、淳司からもらったお守りと同じものだった。白井は唇をかみしめてハンドバッグを握りしめた。バッグの中には淳司のお守りが入れられていた。

白井が本殿を後にしようと振り返ると、ちょうど石段を登ってくる若い宮司に気がついた。

白井「あのう」

花宮「何でしょう?」

返事をしたのは、この神社の宮司の花宮蓮太(はなみやれんた)だった。歳の頃は白井と同じぐらいに見えた。

白井「祈願のご祈祷をお願いできますでしょうか?」

花宮「ええ、できますが、何のご祈願でしょう?」

白井「実は、私は医者でして。手術の成功を祈願したいのです」

花宮「わかりました。ではこちらにおいでください」

 花宮は、本殿の中に白井を通して、床几に座らせた。準備が済むや、花宮はすぐに祝詞(のりと)を上げ始め、それが終わると白井に玉串の奉納を誘った。無事に祈祷が済んだ白井は、花宮に頭を下げた。

白井「ありがとうございます。これで心がやすまりました」

花宮「喜んでいただいて嬉しいかぎりです。ですが、祈祷をしながらこんなことを言うのも何ですが、神社は本来祈願をする場所ではありません」

白井「えっ、そうなんですか?そんなこと初めて聞きました。ですが、正月でもだれもが御祈願なされますが」

花宮「言い方が悪くてすみませんでした。祈願をしてはいけないという意味ではありません。神殿に向かって手を合わせるのは、本来は神様に感謝の意を表するために行うものなのです」

白井「初めて聞きました。ですが、何に感謝するのですか?いえ、神様だから感謝するのは当然かもしれませんが」

花宮「日本の神様は社にいるわけではありません。山や川などの自然の中におられたりして、この国のどこかにおられますが、たまに降りてこられるところがこうした社なのです。神様はそうして毎日この国土を鎮めておられるのです。そんな大変なことをしておられる神様のおかげでこうして私たちが日々暮らしていけるのですから、そのことを感謝申し上げるのです。ですので、日本人はいつも神様に見守られています。そのことに気づけば安心して日々を送れます。手術もきっと八百万(やはおろず)の神々のご加護があることでしょう」

白井「ありがとうございます。自信がつきました」

 神社を後にする白井を花宮はやさしく見送っていた。

 

(シーン6)

東山大学病院の手術室前の廊下。手術着に身を包んだ白井が手術室に向かっていた。マスクをしてほとんど顔が見えなかったが、その表情は緊張で険しかった。廊下にいた淳司の両親が白井の姿を認めると、手を合わせてお願いしますと懇願し、何度も頭を下げた。白井はそれに黙って会釈で応えると、そのまま手術室の厚い扉の向こうに消えていった。扉がバタンと鈍い音をたてて閉まった。

 

(シーン7)

手術室の中。手術室特有の蓮の実のようなライトの下に、緑色のシーツがかぶせられた淳司が寝かされていた。その姿を十名ほどのスタッフが手術着でとりまいていた。また、10台ほどのカメラが淳司の姿をとらえられる位置に配置され、それはすべてAIコンピュータのDr.ノアにつながれていた。

白井が手術室に入ってくると、AIの担当者がDr.ノアのオペ開始のボタンを押し、Dr.ノアが作動しはじめた。

Dr.ノア「血圧、脈拍正常。これよりオペを始めます」

 その機械音に促されて、スタッフはみな所定の位置でかまえた。

Dr.ノア「執刀医は準備出来次第、胸部を切開してください」

白井「始めます」

 白井はDr.ノアの無機質な指示に淡々と従った。手術は順調に進んでいた。

Dr.ノア「左肺動脈に結節した導血管を人工補助心臓につないでください」

白井「はい」

Dr.ノア「人工補助心臓を作動してください」

白井「はい」

 Dr.ノアの指示に従って施術を進める白井の額には玉の汗が滲んでいた。

 

(シーン8

 手術室の外。淳司の両親が手術室に向かって手を握りしめ、心配そうな表情を浮かべていた。時計はすでに二時間を経過したことを示していたが、しかし、手術室の中の様子は全く分からなかった。「手術中」という赤いランプが無言でついたままだった。

 

(シーン9

 手術室の中。手術が続いている。

Dr.ノア「左心房の切開部を縫い終えたら、人工心臓を止めてください」

白井は言われるままに人工心臓のスイッチを切った。これで淳司の心臓が正常に動くはずである。白井は時計の秒針を見つめていた。10秒待ったが、心臓はぴくりとも動かなかった。

白井「反応がないわ」

 白井の声は上ずっていた。

Dr.ノア「強心剤を注入してください」

 すぐに白井は措置をしたが反応はなかった。

白井「ノア、どうすればいいの?」

Dr.ノア「電気ショックを与えてください」

 白井は言われるままに措置を施し、電気の流れを自らの指先に感じていた。しかし、やはり反応は無かった。白井は機械を睨みつけた。

Dr.ノア「症例なし。手だてが見つかりません」

白井「何ですって?!」

Dr.ノア「症例なし・・・症例なし・・・」

無情なノアの機械音声が繰り返される中で、心臓の鼓動を示す心電図は、まっすぐな光の帯を示しているのみだった。患者の危険を知らせるブザーが単調に絶え間なく鳴り響いた。

Dr.ノア「症例な・・・」

白井「うるさい!」

 白井がDr.ノアの電源コードを引き抜くと、Dr.ノアは途中でしゃべるのをやめた。白井はすぐに心臓マッサージを始めたが、心電図は白井の手の動きに反応するのみで、いくら続けても淳司の心臓が再び動くことはなかった。

 「死なないでーっ!」という白井の叫ぶ声が手術式にこだましていた。

 

                  続く

 

(エンディングナレーション)

「縛り屋結二、彼は天に代わりて人の心にかかる雲を祓う。その手に握られた縄に込めた思いを、他人(ひと)は誰も知らない。今宵、結二はいったい何を縛るのか?」

縄士のいでたちである赤い半纏姿の結二の後ろ姿が映し出され、結二はゆっくりと画面の奥に向かって歩いてゆく。

~バックにエンディングテーマ曲が流れる~♪~

 

(テロップ)

 「本番組の内容は全てフィクションです。実在する個人や団体とは一切関係ありません。本番組内で登場する縛りの技法は、専門家の指導のもとに実施したものです。危険ですから絶対に真似はしないでください。」

「縛り指導 喜多征一

 

キュレーター紹介

謎の作家。詳細不明。

会員登録をすると
コメントを投稿する事ができます

ログインする 会員登録

コメント

この記事に対するコメントはまだありません