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エロスのお作法〜受け手の揺れる心〜

え…どうしようこれって伝えた方いいのかな?

受け手をしていて微妙な僅かな差がある時があります。手順が違うけどいいのかな?あけの性格上アレンジや、自己流という言葉はありません。喜多征一先生の緊縛を習いに来ているのだからお手本は全て喜多先生であって少しでも違う事をする生徒さんが気になって仕方がありませんでした。でも、全て指摘をしていたら本当にキリがないし時間が止まってしまいいい流れが途絶えてしまうと思い緩い、痛い高い、低い程度しかお伝えしてきませんでした。

でもある日我慢の限界が来たようで蕁麻疹が…。蕁麻疹が出る時は決まって精神的に疲れた時。ごめんなさい!!!もう取り繕う事に疲れました!!
私のいけない所、日本人なのに日本語が下手くそ、語彙力って言うの?今は。
伝えたい事がうまく出てこず拙い言葉で取り敢えず言ってみるが喜多先生にも伝わらない…。
心の中では「うーーーーん。イマイチ。でもまあいいや。こんなもんでしょ」と。


でも最近ね、五反田道場の生徒さんは熱心な方が多く受け手と格闘しながら頑張ってるのね。中には緊縛を愛する余り行き詰まって悩んだり。
もうね、あけの気持ちは勝手にこの道場に通う男達を見守ろうと心に決めてるからね、「逝かせ縄」に近付いて欲しい!その想い一つです。うん。ここで一肌脱がずしてどこで脱ぐ?

喜多先生の緊縛を一番心と身体で感じてるからね、縄のテンション、張り、圧、手順、姿勢、体勢、視線、全て目に焼き付いてるし感じてるからね。言葉下手くそだけどあけの言葉で伝えようと思い立ちました。
今までの受けた感想やアドバイスに嘘はありません。
これからは求める方には全てをお伝えします。観るのとやるのは大違い、受けるのも違うしね。だから実際私も先生に緊縛の指導を受けてます。縄目を揃える事がいかに難しいのかを知るだけでも縛り手の気持ちも理解した上でアドバイスができるし、皆んなが間違える所が同じなのも実際やってみて手先や縄裁きを先生と比較して違いが見えてくる。喜多先生の緊縛と全て比較するの。終わりのない間違い探しの様なもの。そう、あけは喜多先生の緊縛を後世に残したいのです。緊縛の素晴らしさ美しさ心地良さを広める、そして喜多の意思を継ぐ者達を見守りたい。その気持ちだけなんです。

この先あけがどんなおかしな事を言い出すのか。面白半分お耳を貸してね。


人一倍敏感に感じ取ります。怒りの混じった縄はやめてね。分かるから。泣き出したくなるのよ。言葉に出さなくても縄から感じてるの。良い縄は根を張る様にあけの身体を包み込みどんどん入り込んで血管と同化する。イメージはそこでコミュニケーションをとっているの。






 

キュレーター紹介

ake

イメージコンサルタント、ベリーダンサー、モデル、変態の四足のわらじを器用に履きこなします。どうして私が『見た目』にこだわり『美の追求』をし、『素敵に歳を重ねる』事に趣を置くのか。そしてSMとの出会い、緊縛が私に与えてくれたもの。 考え事と妄想の交差点。読書をして恋をし、電車に乗っても恋をする。恋多き女とは私の事ね。

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