瘋癲ノ喜多サン

喜多征一物語(師匠との出会い)

逝かせ縄とは、逝かせることが目的でなく女に最上の快楽を与えることによって女が逝きまくった後、菩薩観音のように穏やかな表情になる縄である。肉体と精神と性の解放の為の縄。

私が師匠に出会ったのは今から15年程前のことでした。当時私は、会社社長としてファッションデザイナーとしてそこそこ成功していた、いけ好かない若造でした。25歳で起業をして30代には、自社ブランドで全国に10店舗直営店を持ち従業員も50名程いました。貧しい育ちをした自己顕示欲の強い男は、富の象徴であるかのように家、車、時計にこだわり、毎晩のように飲み歩き、既婚者でありながら、女性を口説き抱きまくっていました。いつしか女性とノーマルなセックスをすることも飽きてしまい、夜な夜なハプニングバーやSMバーに出入りするようになっていたのです。


*チャラさ全開で女漁りの日々を送っていた頃

そんなある夜、名古屋で有名なハプニングバーに立ち寄ると、白髪の老人がふくよかなご婦人に縄を打っていたのでした。縛りを入れる度に女性は小刻みに震えセックスのときの動物的な喘ぎ声とは違うなんとも官能的な吐息を漏らしていたのです。私は身震いし初めて女の裸体に触れたときのように、下半身から下腹部に熱いマグマのようなものが渦巻いているかのような衝動に駆られたのです。老人は涼しい顔で手ばやに縄を走らせ器用にも色っぽい指先でどんどん縛りあげてゆきご婦人がぐったりとうなだれてしまうのを冷静な眼差しと冷酷な笑顔で見届け縛りを完成させたのでした。それは最高のオートクチュールであり、日本の雅(みやび)でした。



老人がカウンターにひとりで座るや否や私はその横に座り、「お疲れさまでした一杯いかがですか、ご馳走させて下さい」と声をかけると「私は酒を飲まんので、水でいいです」とぶっきらぼうに断られてしまいました。その後感動したむねを語ってもにこりともせずただ阿保みたいに水を飲んでいました。それでもとにかくいろいろと話をして少しでもこの老人の側にいられるようご機嫌をとりました。先ほどのご婦人が戻ると、それではと席を立たれようとしたのでまずいと思い、無我夢中で頭を下げ「私はこういう者です」と名刺を差出し「お名刺をいただけませんか」というと「私は名刺を持っていません」と、しかし今回は少し興味深げに私の名刺に目をやり「黒い名刺とは珍しい、会社名のダワイとはロシア語ですか?」と初めて会話が成立しました。「はい、ファッションの仕事をしていますので格好をつけて墨黒の名刺にしてあります。それとよくご存じですね、私の母が昔し満州に住んでおりましてロシア人とも交流があったものですから、簡単なロシア語を知ってまして会社を作るときに母からのアイディアでダワイとしたのです」「いい名前ですねとお母さんにいっておいて下さいね」そして、メモ用紙をカウンターの中にいる、けっして美しいとはいえないニューハーフのママにもらい 名和征爾と丁寧な字を書かれ、下に小さく電話番号を書いて無言で手渡して直ぐにご婦人と店外へと出て行ってしまったのです。ニューハーフのママに「あの方はよく来るの?」と聞くと「年に2度ぐらいかしら、いつもあのおばさんと一緒に来て縛って水を飲んで帰る、素敵なおじいちゃんよ」と言って奥のスワッピングルームの方に行ってしまいました。



これが、私の逝かせ縄の師匠 男娼縄師『名和征爾』との出会いだったのです。

つづく

キュレーター紹介

独自に染め上げた色鮮やかな染め縄を使った緊縛が特徴。自身も緊縛師として全国で活動する傍ら、日本におけるBDSM(bondage, dominance and submission, sadomasochism)に関する文化や価値観を改めるための活動を精力的に行っている。当Webメディア「SMLuxury(エスエムラグジュアリー)」では、編集長としてBDSMに関する情報発信を行う。

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コメント

同級生 2017.08.26 09:11

面白くて仕方ないです。どうなっていくのてしょうね。