その他

春によせて

「もうすぐ春だね」
と、微笑みあって寒さを凌いだ早春が懐かしい。
こぼれた梅に代わって咲き狂う桜が、名実共に春を告げる。
 
もう何もいらないんだよ。

冬と共に去っていったあれこれを想いながら、そんなことを話した。
出会いは別れに愛され、終わりと始まりはいつも背中合わせに立ちつくす。

「出会うことは別れることだ」
なんて、もう言わない。
本当のところ、別れることは出会うことなのだ。

空っぽになった器にも、いつか水が満ちる。今確かに存在する苦しみも痛みも悲しみも、いつか忘れてしまう。死にたいと言って泣いた夜は既に笑い話になった。

苦悶が消えるのは、果たして良いことなのだろうか。「いつか全部忘れられるよ。」
なんて、何の慰めにもならない。

どんな馬鹿げたことも、そのときの感情そのままに思い出したい。確かに存在した苦しみを嘲笑いたくなんてない。手首についた古傷の理由を忘れるなんて嫌だ。 誇り高く傷つきたい。

なんて、そんな願いも春が押し流していく。 流転の渦に呑まれ、葉桜の下にわずかな面影を遺して消えていく。

また始まるのだ。

もう何もいらなくても、器に水は満ちる。一瞬の季節の美しさに騙されて、春のもとで花が死ぬ。

おはよう、おはよう、どうか、まだ生きていて。
理不尽に輝く陽だまりに、美しく絶望しながら微笑んでいてください。












 

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