瘋癲ノ喜多サン

女房を抱かない理由

結婚生活は、
男女の愛が持つエゴイスティックな本質を、容赦なく浮き彫りにする。
それは、愛という美しい言葉で飾られた関係が、
時に自己中心的な欲望や期待によって揺さぶられる瞬間だ。
共に暮らす中で、相手に対する理想や、自分の内なる願望が衝突し、
愛が純粋なものではなく、
複雑で生々しい感情の集合体であることに気づかされる。
男は男として、女は女として、
互いに自分の役割やアイデンティティに固執すればするほど、
そのエゴはより強く表面化する。
しかし、結婚生活を長く、穏やかに維持するためには、
男女という枠組みを超えることが求められるのかもしれない。
男であること、女であることにこだわるのではなく、
互いを一人の人間として尊重し、
対等なパートナーとして向き合うことが大切だ。
性別の役割や社会の期待を一旦脇に置き、
相手の心に寄り添い、共に生きる喜びを見出す。

だから男は女房を抱かない理由を、
家族になってしまったからだと
口走るようになるんだ。

私は男らしい男でありたく
女らしい女を抱きたい、
結婚不適合者である。

キュレーター紹介

逝かせ縄という妙技を操り、多くの女性を快楽の果てと誘う。東京と名古屋に道場を持ち、日本古来の文化である美しい緊縛を多くの生徒に伝承している。美しくなければ緊縛ではない美しい緊縛は気持ちがいい、それは肉体と精神と性が解放されることだ。

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