瘋癲ノ喜多サン

性愛(結婚)



結婚とは愛のゴールではない。
社会が性愛に首輪をつけた姿だ。
男と女は本来、もっと曖昧で、もっと危うい。
欲望は法律を知らないし、恋は戸籍を見ない。
惹かれる時は惹かれるし、
欲しいと思う時は理屈など消えてしまう。

だが宗教や社会はそれでは困る。
だから結婚という制度を作った。
「この二人の性愛は正しい」
「この関係は守られるべきものだ」
そうやって欲望を管理し、
家族という形へ変えていく。

結婚とは恋愛の完成ではない。
恋愛を社会に引き渡す契約である。
恋は二人だけの秘密だが、
結婚は公然の約束になる。



それでも人は結婚を求める。
愛だけでは不安だからだ。
人は相手の心だけでなく、
関係の保証も欲しがる。
失いたくない。
離れてほしくない。
自分だけを見ていてほしい。
その願いを制度にしたものが結婚なのである。

だが身体は従順ではない。
結婚しても欲望は消えない。
愛していても他者に心が揺れることがある。
社会が秩序を求めるほど、
欲望はその外側で蠢く。

結婚とは秩序である。
性愛とは混沌である。
そして男と女は、
その危うい境界線の上で生きている。
結婚とは、
欲望と社会が結んだ、
どこか淫靡で不完全な契約なのである。

写真:ミキさん
 

キュレーター紹介

逝かせ縄という妙技を操り、多くの女性を快楽の果てと誘う。東京と名古屋に道場を持ち、日本古来の文化である美しい緊縛を多くの生徒に伝承している。美しくなければ緊縛ではない美しい緊縛は気持ちがいい、それは肉体と精神と性が解放されることだ。

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