性愛(勇気)
人は、よく深く愛するだけでは満たされない。
どれほど深く相手を抱きしめても、肌と肌が密着し、
二人が溶け合うその瞬間でさえ、心の奥で問い続けている。
私は、この人に、本当に欲されているのだろうか。
その答えを知りたくて、潤んだ眼差しを読み、吐息の湿度を感じ、
指先が滑る背中の感触、腰に回した腕の力、濡れた先に伝わる脈動
そのすべてが、愛されているかどうかの答えになるはずだと、
愛とは、不思議なものである。
与える歓びと同じだけ、受け入れられたいという渇きが、
認められたい、求められたい、好きに使われたい、
そして、相手の欲望の最も熱い場所に、
成熟した大人でさえ、この飢えから自由にはなれない。
いや、大人だからこそ、その飢えを日常に隠し、
唇と唇の隙間に忍ばせる術を覚えただけなのかもしれない。
エロスは、その弱さを容赦なく暴く。
裸になるのは身体だけではない。
誰にも見せたくなかった幼くて卑しい願いが、
静かに、
だから愛は、対等な契約では終わらない。
二つの孤独が、互いの欠落を抱き寄せ、
震えながら、喘ぎながら、
そこには、支配する者も、支配される者もいない。
あるのは、愛されたいという切実な願いを、陰部の疼きと一緒に抱えながら、
それでもなお相手を求め続け、脚を絡ませ
唇を貪る、一人の男と、一人の女だけだ。
私は、その危うさこそがエロスの本質だと思う。
満たされているから抱き合うのではない。
満たされることのない渇きがあるからこそ、
愛とは完成ではない。
永遠に満たされることのない飢えを、淫らで美しいものとして、
キュレーター紹介
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