瘋癲ノ喜多サン

鼻ウタタ寝言

狂人の戯言に、人はよく集まる。

それがどれほど支離滅裂でも、
どれほど粗雑でも、
なぜか耳を傾けてしまう。

恥知らずにも、金も払わず、
価値のありそうなものだけを漁っていく。
所在の定まらない自己顕示を抱えたまま、
己の残忍さや狂気を、
都合のいい道徳で塗り固める。

そうして出来上がるのは、
誰にも破れない“正義”という名の御伽話だ。

タダで手に入れたもので、
いつの間にか金を生む者もいる。
薄ら汚れたその姿さえ、
うまく切り取れば、世間は拍手する。

欲しいのは金か、承認か。
あるいは、その両方か。

軽い調子のヨイショに乗せられて、
人は簡単に有頂天になる。
その裏で、誰にも知られずに語られる物語があることなど、
気にも留めないまま。

夏祭りの音頭が流れる。

けれど、段取りをした者の熱はどこか低く、
場違いな者たちが床を踏み鳴らす。
にぎやかさの奥で、
何かがずれている。

蝉しぐれが、暑さをさらに増していく晩夏。
例年より、少しだけ過ごしやすいはずの夜。

ふと気が緩んだ隙に、
誰かの作り話のような恋物語に、
鼻歌まじりでうたた寝する。

目が覚めたとき、
それが嘘だったのか、本当だったのか、
もうどうでもよくなっている。

人は結局、
信じたいものを信じ、
気持ちよくなれる場所にとどまる。

狂人の戯言も、
拍手も、沈黙も。

そのどれもが、
同じ夏の中にある。

*13年前の夏に書いた文章*

 

キュレーター紹介

逝かせ縄という妙技を操り、多くの女性を快楽の果てと誘う。東京と名古屋に道場を持ち、日本古来の文化である美しい緊縛を多くの生徒に伝承している。美しくなければ緊縛ではない美しい緊縛は気持ちがいい、それは肉体と精神と性が解放されることだ。

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