スピリチュアル・エロティック
喜多征一先生の講話などを伺っていると、女性はスピリチュアルが好き、逝きやすい人は霊感を伴っていると自覚している方が圧倒的に多いと聞きます。
エロティックとスピリチュアル、不思議な関係ですが、喜多征一先生が緊縛師と言う立場や実際に多くの女性と接する中で統計的に感じられていることです。
占いは好きです。
女性の“勘”をおいて、それに勝る超能力はないのではないのでしょうか。
楽しいですよね。
私の中のスピリチュアルとは、人生において“謙虚”であり続ける為の考え方です。
自分の手で、努力を含めてコントロール出来ない物があると知っておくことは、生きていく上で重要なことです。
そしてそれは時折、自分から責任を手放して、自分を赦すことに繋がるのです。
出会ったのも、手からこぼれ落ちる関係性であっても“運”が“命”じたことであって、成る(す)べくして成った“今”と考えていいと、精一杯の自力を超えて振り返った時に力を抜いて自分を赦すのです。
この考え方は喜多征一先生の緊縛の解放へのプロセスとよく似ているのだと思います。
喜多征一先生の緊縛と言う超次元的な世界に触れて、自分の形や大きさ、自分の力の及ばない世界に身を置き、喜多征一先生の手を介して懸命に生きてきた自分を自分自身で認め、褒めてあげ、一次的に自分という全てを放棄するのです。
考えることはおろか、時に目を開けていても見ることを、そして聞くこと、嗅ぐこと、息をすることすらも放棄してしまうのだと思います。
側から見ていたらその光景は美しく、怖く、そしてエロティックなのでしょう。
“官能”のスピリチュアルな部分に触れる瞬間なのかもしれません。
ライブであなたが目撃するものはそう言ったものです。
そしてあなたが実際に体感する喜多征一先生の縄は約束された異次元の未体験です。外野がどう言おうが、そこで何を感じて得るかはあなたと喜多征一先生の中だけで交わされる官能の対話なのです。
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