その他

さくら

‪「咲いては 散る」‬
‪   この事に 心 動かされるのは‬
‪   普遍的な生命の「つかの間の儚さ 」‬
‪   の典型をみるから‬

‪有名な脳科学者の言葉です。‬
‪お花見は一生の儚さを受け入れる練習だそうです。‬

‪桜の儚さと束の間の一生とを脳内で‬
‪シンクロさせ受け入れる‬
‪生まれたからには死なねばならない‬
‪絶対が無い世の唯一の絶対‬

‪別の脳科学者によれば‬
‪  脳は優秀な臆病‬者
‪  目はレンズにすぎず‬
‪  耳は受信器‬
‪  その実は脳が視、周波数を受け取り ‬
‪  紐付けする‬
‪  知らないものは認知しない‬
‪  頑な脳ではあるが感動には繊細 ‬

‪縄を知り、私の肌に蝋が落とされる毎‬
‪紙媒体を通して得た知識が立体的になっていく。‬

‪肌を締め付け肉に食いつく縄により‬
‪皮膚はセンサーと化し五感を‬
‪脳に伝える‬

‪脳は「初めて」と「快楽」がお好き‬
‪1度結ばれた快楽は忘れず 容易に貪る‬

‪常に経験と照らし合わせる脳は後ろ向きの様に思うがきっと防衛本能なのだろう‬

‪切なく儚き一生を切り取り‬
‪ただ 狂い…咲き…散る ‬

‪ただ狂うに抗うのは積みあげた経験‬
‪躰におこる強烈な刺激が頑なな脳を揺さぶり
革命を起こすのかもしれない

‪世の中には数多の見解があり日進月歩で
研究は進んでいます
どれがどうなどという検証に興味はありません
縄が肌に触れるたび脳内で活字達が埃を払い立ち上がりソレを体験的に知ることに好奇心を掻き立てられています。
私の賛否は私の中で行われる、縄とSM行為を用いて。


〝脳は 現実と非現実の区別が苦手‬
‪   そして 忘れっぽく 飽きやすい 〟‬ らしい…お茶目だ            
                                 黒柳蜜子

 

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