瘋癲ノ喜多サン

失われた30年という幻想

バブル崩壊以降、日本は「失われた30年」と呼ばれてきた。
経済が伸び悩み、賃金が上がらず、国際競争力が低下した。
そう語られるたびに、多くの人が「日本は停滞している」と思い込んできた。
だが、本当にそうだろうか。

アメリカのメジャーリーグでは日本人選手がワールドシリーズで輝き、
ヨーロッパのサッカーやバレーボールでも数多くの日本人が活躍している。
一方で、研究の世界では日本人科学者が毎年のようにノーベル賞を受賞し、
世界中の知的舞台で高く評価されている。
これを「衰退」と呼べるだろうか。

スポーツや学術の成果は、単に個人の努力の結果ではない。
それを支える社会の安定、教育への投資、
そして長期的な人材育成の仕組みがあってこそ、才能は花開く。
経済成長率が鈍っている一方で、
日本社会は治安を保ち、医療や教育の水準も高いまま維持している。
この「安定した社会」が、実は日本の底力なのではないか。

経済が右肩上がりだった時代、人々は成長の速度に酔っていた。
だが、成長の勢いが落ち着いた今こそ、私たちは「何をもって豊かさとするのか」を問われている。
最新のガジェットを持つことよりも、家族と過ごす時間を大切にする。
年収の多寡よりも、自分らしい働き方や心の安定を求める。
そんな価値観の変化は、決して後退ではなく、成熟の証なのかもしれない。

海外から見れば、日本は「ガラパゴス化」していると評される。
だが、独自の文化や生活様式を守りながら、
他国とは異なる幸福の形を模索しているとも言える。
便利さやスピードだけが進歩ではない。
静かに、しかし確実に積み重ねられた豊かさ
それが日本の「30年」ではないだろうか。

失われてなんかいない。

日本人の精神
素晴らしい国民性に
私は誇らしさを感じている。



 

 

キュレーター紹介

逝かせ縄という妙技を操り、多くの女性を快楽の果てと誘う。東京と名古屋に道場を持ち、日本古来の文化である美しい緊縛を多くの生徒に伝承している。美しくなければ緊縛ではない美しい緊縛は気持ちがいい、それは肉体と精神と性が解放されることだ。

会員登録をすると
コメントを投稿する事ができます

ログインする 会員登録

コメント

この記事に対するコメントはまだありません